2007年07月31日

戦後レジームを守りたいマスコミと官僚に負けた安倍首相 〜朝日新聞・社保庁の罪〜

<平成19年7月31日 産経新聞>

【正論】政治評論家・屋山太郎 自民惨敗を演出した「国民の真意」

■「官僚内閣制」打破こそ望んでいる

≪何が惨敗した原因か≫

参院選の惨敗は安倍晋三首相にとって全く不本意な結果だったろう。自らが目指した政治とまるで内容の違う基準で評価されたのは心外極まりなかったに違いない。安倍政治の真価を問うため続投の意志を表明したが、再出発に当たって敗因を分析、認識しておく必要がある。

今回の敗因は安倍氏の掲げる「戦後レジームからの脱却」が否定された結果ではないと思う。憲法や教育を含め戦後レジームを守りたい一部のマスコミのバッシングに敗れたといっていい。「年金の記録洩れ」と「政治とカネ」は本来、政治の主要なテーマではない。年金の本来の議論はいくら貰(もら)えていくら税金を調達しなければならないかだが、この点でいえば自民党も曖昧(あいまい)なら民主党もより雑駁(ざっぱく)だった。記録洩れは行政のトップとして安倍氏の責任に帰せられるが、実のところ責任はない。社会保険庁の内部が怠業、ねこばばし放題という腐った職場になった責任の大半は自治労、つまりその組合を母体とした民主党の責任にも帰せられる。

政治とカネは重要問題には違いないが、小沢一郎氏にそれを語る資格があるのか。小沢氏は政治資金で個人名義の10億円余の不動産を買ったが、そのさい贈与税は払ったのか。また自由党時代の25億円の政党助成金の使途について必要な領収書は示されていない。赤城徳彦農水相の領収書二重添付やその言動は政治家失格だが、それを嗤(わら)って巨悪が不問にされていいのか。

≪官僚内閣制改革への挑戦≫

安倍氏がやった国民投票法の制定、教育基本法改正、防衛省昇格問題は歴代内閣が何十年も先延ばししてきた問題だ。社保庁の解体もまさに妥当な解決だ。国会を延長してまで断行した公務員法の改正こそ、安倍氏がやりたかった本命の政治課題だろう。安倍氏は明治以来の「官僚内閣制」が依然として続いていると認識している。これを憲法に盛られた「議院内閣制」にしてこそ、政治が国民のものになると考えている。その改革への突破口が「官僚の天下り根絶」ということになる。

松岡前農水相の絡んだ「緑資源機構」は天下り官僚の巣窟(そうくつ)のような存在だった。社保庁も天下りポストの一つに過ぎなかったからこそ、無責任体制がはびこったのである。衆院調査局の調査によると、4600法人に2万8000人が天下っており、そこに流れる資金は5兆9000億円にのぼるという。これはまさに官僚が産業界をも支配するの図である。特殊法人、公益法人、独立行政法人はいずれも法律上の根拠をもって設立されている。これは官僚が立法府をも操っている証拠だ。

≪格差問題軽視してきた罪≫

国民は官僚主導の体制に反感を募らせてきた。安倍氏はこの体制を清算するため参院選の候補選びに口を挟もうとしたが、青木幹雄参院議員会長らは聞く耳を持たなかった。片山虎之助参院議員幹事長の落選は国民の反発を象徴する出来事だった。閣内にも伊吹文明文科相や尾身幸次財務相ら官僚出身の古手は「官僚内閣制」の清算の必要性を全く理解していない。現職で敗れた面々は敗れるべくして敗れたと自覚すべきだろう。

安倍政治は基本的に正しい方向を向いていると思うが「格差」問題を軽視してきた罪は大きい。保守王国といわれた四国、九州、中国地方の惨敗を見ると地方の不満の大きさがわかる。競争政策は必要だが、そこからこぼれた人たちをどう助けるか。大規模農家を育てる政策は正しいが、細る小規模農家をどう自立させるかも併せて考えなければ、細民の切り捨てと受け取られるだろう。

首都圏に3500万人もの人口が集中しているのは異様な姿である。地方の富が首都に吸い上げられている図だ。財源の再配分というカネの問題の他に、仕組みの再構築が急務だ。三百諸侯の時代でさえ、地方は自立していたことを想起すべきだ。

国会は衆院で与党が3分の2、参院で野党が過半数という事態になった。野党は参院で何でも否決でき、また参院が審議しないでつるしておいても60日たてば衆院で3分の2で可決できる。これまでの国会は政府提出法案は一字一句変えず、野党案は良い点があっても全部否決された。この悪慣行を清算するチャンスだ。与野党が議論して政策を調整してこそ国会が「国権の最高機関」になる。官僚内閣制を終焉(しゅうえん)させることや地方分権に、民主党も異論はあるまい。首相は重要法案を片づけた強引手法を今度は対話による手法に切り替えて貰いたい。(ややま たろう)

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2007年07月30日

産経新聞社の二枚舌

言論空間から産経が無くなったら日本は消滅する。それほど産経の存在は貴重である。しかしながら、今回の参院選報道はどうだったのか。産経本紙と夕刊フジの報道姿勢は同じ新聞社発行のそれとは到底思われなかった。大衆向けのタブロイド紙とはいえ、アンチ安倍の報道振りはまるで朝日新聞そのものではないか。ある意味、自民党大敗以上に失望感は大きいのである。



朝日VS日経・読売・産経 安倍続投めぐり社説分かれる
2007/7/30 J-CASTニュース

自民党が歴史的大敗を喫した第21回参院選から1夜明け新聞各紙の選挙に対する評価が出そろった。安倍首相は続投を表明しているが、各紙の社説は「安倍辞めろ」派と、「解散総選挙」派、「続投支持」派とに分かれている。

東京、毎日新聞は「総選挙で信を問え」

与党の惨敗を報じる朝刊各紙 64あった自民党の改選議席は37議席にまで激減。宇野宗佑首相が退任に追い込まれた89年の36議席に次ぐ、歴史的大敗となった。にもかかわらず、安倍首相は「私の国造りは、まだスタートしたばかり。国民との約束、責任を果たしていくことが私に課せられた使命」などと述べ、続投を表明。連立相手の公明党も、これを容認する方向だ。

そんな状況に対して、一夜明けた2007年7月30日の朝刊の論調は、「安倍首相は退任すべき」との論を前面に押し出す社と、そうでない社とで分かれた。

例えば朝日新聞。1面には「辞任に値する審判」と題したコラムを掲載し、社説では「民意に背く続投表明」という中見出しを立て、今後の政局運営の困難さを指摘。「首相は1日も早く自らの進退にけじめをつける必要がある」と結び、暗に辞任を求めている。

西日本新聞はもっと「直球」で、社説に「民意は安倍政権を見限った」との見出し。本文中には「敗北の責任は、やはりトップが引き受けねばならない。それが筋である。安倍首相は地位に恋々とすることなく、自ら身を引くべきだろう」と、直接的な表現で辞任を求めている。
「衆院の解散・総選挙で信を問え」と訴える新聞も少なくない。

東京新聞は「『私の内閣』存立難しく」との社説を掲げ、「首相にも要望する。あなたはいまだ総選挙の洗礼を受けていない。ぜひ、速やかな政権選択選挙を、と」と書いているほか、北海道新聞も「政権をかけて戦うのはあくまで衆院選だと言うのなら、国民は総選挙を求めるしかない。首相は早期に衆院を解散し、国民の信を問うのが筋だ」と、同趣旨の主張を展開している。毎日新聞でも、社説の見出しに「衆院の早期解散で信を問え」とある。

産経は「民主党の責任は大きい」という大見出し

その一方で、「続投支持」に回ったのが、日経・読売・産経だ。
日経新聞の社説では「有権者の厳しい審判を厳粛に受け止め、謙虚な政権運営を心がける必要がある」とする一方で、参院で第1党に躍り出た民主党に対しては

「国会で何でも反対の方針をとったり、いたずらに政局を混乱させるような行動はとるべきでない。そのような無責任な態度は有権者の失望を招くだけである」
とクギを刺してみせた。

読売新聞の社説も、続投への決意を実現させるためには「選挙の審判を重く受け止め、民主党との協調も模索しつつ、態勢の立て直しを図らねばならない」と、続投を前提に、速やかな態勢の立て直しを求めている。

一方、産経新聞の社説では「民主党の責任は大きい」という大見出しを立て、与党敗因の分析よりも、民主党に対する、これからの議会運営について注文を付ける内容の方が目立った。

もっとも、夕刊紙・スポーツ紙には、そろって悲観的な見出しが並んでいる。日刊スポーツの1面には、ズバリ「安倍辞めろ!!」という大きな文字が躍っているし、夕刊フジは「『死に体』改造」と切り捨てている。
安倍首相にとって、当分は「進むも地獄、退くも地獄」という状況が続きそうだ。
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2007年07月29日

技術立国は過去の話 〜重要産業を外注に頼る日本〜

<平成19年7月18日 産経新聞>

【やばいぞ日本】第1部 見えない敵(3)「金メダル取るのは当然さ」

中国の大学界で最高峰の北京大学数学科学学院。17歳の1年生、甘文穎が国際数学オリンピック(IMO)大会で金メダルを獲得したのは昨年7月の大会だ。

「金メダルはほとんど中国からの参加者が取っている。取れなきゃメンツがないよ」。甘の自信は、国家のシステムで特訓を重ねてきたことに裏打ちされていた。

金メダルへの道は湖北省・武漢の公立高校で始まった。父親は県政府職員。甘は小学生時代、「勉強は嫌いでも数学はできた。ほとんど満点に近かった」。父親は才能を見抜いた。数学オリンピックの新聞記事を読み、甘を湖北省で「数学ナンバーワン」と呼ばれる「武鋼3中」(高校)に入学させる。

中国では10月に約16万人の高校生が全国高中数学大会(試験)に参加する。国立の中国数学会は上位約150人を選抜した上、翌年1月の中国数学オリンピック(CMO)テストに参加させる。その大部分は大学に無試験入学できる資格を得るほどの英才だ。

1週間の「数学キャンプ」で25人に絞られ、4月には特訓班「国家集訓隊」へ。ここで2週間に6回のテストを重ね、IMOへのメンバー6人が最終的に決まる。

代表6人は97年以降のほとんどのIMO大会で、4人以上が金メダルという驚くべき成績を残し、国別総合得点順位もほぼ連覇している。

90年から参加の日本は過去10年間、昨年の7位が最高だ。

北京数学学校の趙●(●=木へんに貞)名誉校長は「数学は科学技術だけでなく、人類や文化に及ぼす影響も大きい。数学の人材が広がることで中国の発展に希望が持てる」と強調する。

確かに、徹底した中国の数学エリート教育は、理科系人材の創出につながっている。

中国は理科系人材を育成することで、世界の科学技術をリードしたいと考えている。

特に力を入れている分野の一つが、ソフトウエアだ。日欧米の大学や企業に大量の人材を出して勉強させているほか、中国に海外の有名大学や大手企業の研究所を誘致して、技術獲得と技能アップに余念がない。

甘も将来、米マサチューセッツ工科大で博士課程に進みたいとのビジョンを描く。

一方、日本では若い世代の理科離れが深刻さを増している。(野口東秀)


・ソフト開発まで外注

20年前なら、日本の数学者は国際数学オリンピック(IMO)をほとんど気にもしなかった。短時間のうちに器用に問題を解いていく技術を、真の数学の能力と取り違えると、本物の数学者を育てるためにはかえって有害であるからだ。

だが、今の日本では状況が変わった。「数学への関心を増すという観点から、IMOは有益と言わざるを得ないのではないでしょうか」

北京大学や上海・復旦大学を訪れた経験を持つ北海道大学大学院准教授で数学者の本多尚文は、そう語る。数学そのものを構築していく本格的な最先端の研究分野で比べると、日本の数学は中国の数学の水準を上回る。しかし、日本の高校生たちの数学への意欲は薄らぐ一方である。

日本の数学者から見ると、中国の数学は実用重視に偏りがちだ。「学生の間では公式集の丸暗記に力が注がれ、その意味を考えることは二の次です。数学に対する文化がまったく異なっている」と本多は語る。

「でも中国の学生たちは非常にハングリーでエネルギッシュです」

中国の大学では、収入増と結びつきやすい理系の人気が高い。




中国が重視しているのがソフトウエア開発だ。欧米も10年以上前から、注目している。

米IBMは1995年に中国研究センターを設立。2002年7月には、北京大学や精華大学などの主要6大学の優秀な学生に対して「天才孵化(ふか)計画」(Extreme Blue)をスタートさせた。

学生を選抜しての英才教育だ。IT人材育成を目的とした中国各地のソフトウエア学院に資金を提供して関係強化を図っている。

これに対し、日本の若い人たちの理科離れは著しい。慢性的にIT人材が不足するとともに、大学での工学部人気が大きく落ち込んでいる。目的意識を持った学生が集まらない。1995年に約57万人いた志願者が2005年には約33万人に減っている。

就職でもIT業界への人気が低下している。今の日本の若い世代には「新3K」として敬遠されるのだ。きつい・厳しい・帰れない−のKである。結婚できないのKとされることもある。

その結果、日本の企業は、インドや中国などの企業へソフト開発委託を加速させている。このままでは日本の自動車や家電製品を支えるソフトウエアの多くが中国やインドで開発されかねない。

現在、日本のソフトウエアの輸出入状況は、圧倒的に輸入超過で、輸出1に輸入10の比率だ。

当初は、安い労働力を武器にプログラミングの請負だけだったが、日本のIT人材の不足から、徐々にソフトの設計部分の開発をも発注することになり、中国にその工程をこなせる人材が多くなっている。

現代は自動車、家電、飛行機などにとどまらず、企業の財務・生産管理に至るまでコンピューターソフトによって制御されるシステム社会だ。

IT産業がグローバル競争の要である限り、IT人材の育成が国際競争力の鍵を握る。

NTTデータの山下徹社長は「日本は技術立国をめざしてきたのに、それさえ危うくなっている。海外へのアウトソーシング(外注)によって技術だけでなく、これからの産業の根幹となる重要なソフトウエア開発を外国に委ねてしまう」と警鐘を鳴らす。そこに日本の真の脅威が内包されている。(長辻象平、気仙英郎)




【用語解説】国際数学オリンピック

世界80カ国ほどから数学に優れた高校生以下の若者が参加する。高校3年生レベルの数学知識で解けるとされるが、思考力や想像力も問う。成績上位者には、1対2対3の割合で金・銀・銅メダルが授与される。6人の総合得点で国別順位を決める。
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日本を破滅に追いやる“見えざる敵” 〜止まらない少子高齢化〜

<平成19年7月15日 産経新聞>

【やばいぞ日本】第1部 見えない敵(2)500年後は縄文並み人口15万

赤さびたトタン屋根がめくれあがる廃虚群。主を失い無残に荒れた住宅跡に、往時の面影がわずかに残っている。

兵庫県養父(やぶ)市(旧大屋町)の明延(あけのべ)地区。住民は160人ほど。その6割は65歳以上の高齢者である。

但馬山系の深奥部に位置するこの典型的な過疎集落が、かつて国内スズ生産の9割を占める日本有数の金属鉱山としてにぎわい、住民4000人がひしめいていたとは、とても想像できない。

明延鉱山の本格的な採鉱開始は明治初期にさかのぼる。朝鮮戦争の特需景気に沸いたピーク時の昭和30年ごろには、全国各地から高収入を求めて1500人もの鉱山労働者が集まったという。人とともに中央の文化もいち早く流入した。当時は珍しいテニスコートやプールを備え、鉱山直営の購買所では自動車まで売られていた。

地元で生まれ育ち、電器店を経営していた田村新一郎さん(83)は、皇太子(現天皇)ご成婚の34年、1台12万円もしたテレビがわずか1カ月で200台も売れたと当時を振り返った。

「夢のような時代でした」という田村さんの言葉通り、40年代には金属価格が低迷し始め、プラザ合意以後の急速な円高が追い打ちをかけた。62年春の閉山まではあっという間だった。わずか20年前のことである。

「限界集落」。高齢者が半数を超え、冠婚葬祭など社会的共同生活の維持が困難になった集落を指す。大半は早晩消滅の道をたどるほかない。

国土交通省の調査などによれば、こうした集落は全国ですでに3000近くになる。左上の図は人口5000人未満の過疎町村を現在と50年後とで日本地図に記した分布図である。過疎化を示す赤色が急ピッチで全国に広がる様子が分かる。「消えゆく明延」は日本全体の象徴ともいえる。

下の図も衝撃的だ。官民共同のシンクタンク「総合研究開発機構」(NIRA)が最新の人口推計などをもとに、出生率が現状の1.32のまま推移することを前提にして作成したものである。

日本の人口は、1億3000万人をピークにほぼ一直線に急下降を続け、わずか500年後には15万人まで落ち込むとしている。これは縄文時代の人口水準に匹敵する。推計とはいえ現実に起こりうることだ。数字にはあぜんとするほかない。

繁栄の思い出に浸っている間にも次々消えていく集落。少子高齢化と人口減少問題は、遠い将来に目配りして初めて、深刻さが見えてくる。だが、確実にこの“見えざる敵”は日本を消滅の淵(ふち)に追い込みつつある。


・危機バネで大転換も

少子高齢化は先進国に共通した現象だ。だが、「問題は、日本ではそのスピードがあまりに急激すぎることだ」。法政大学大学院の小峰隆夫教授はそう指摘する。

経済同友会は今年4月、深刻な人口減少社会の到来に警鐘を鳴らす緊急提言を発表した。

このまま手をこまぬけば、日本は労働力減少と生産性の伸び悩みで潜在成長率は2010年代後半にもマイナスに転じるとする提言は、危機感にあふれている。

経済が縮小すれば、税収の低下、高齢化による社会保障費の増大で、基礎的財政収支(プライマリーバランス)の赤字はやがて臨界点に達する。国債価格は暴落。その先はまさに“日本沈没”のシナリオである。

すでにその兆候は出ている。国内総生産(GDP)で世界第2位の経済大国・日本の座も、実際の通貨の実力で換算する購買力平価では既に中国に明け渡している。2050年には、経済規模で中国の10分の1程度まで水をあけられるとする予測もある。

少子高齢化は、働く世代と年金受給の高齢者との世代間対立も拡大させかねない。若者は老人にますます敬意を払わなくなり、社会は荒廃していく。将来社会への不安が募れば出生率はさらに低下する。人口減が人口減を呼ぶ構図だ。

オーストラリアの政治学者ヘドリー・ブルは「大国であるためには1億人以上の人口規模が必要」と指摘したように、人口を国土面積、経済力、軍事力と並ぶ国力の重要な指標と見る考えは、依然有力だ。

欧州のほぼ中心に位置するルクセンブルク。国土は神奈川県ほど。人口も50万人足らずと日本の地方都市並みだが、欧州の新興金融センターとしての成長は著しい。一人あたりGDPでは世界トップの座を占める。しかし、この国を「大国」とは誰も呼ばない。

EU(欧州連合)の政策決定も、投票権に人口比が反映される仕組みだ。小国からは大国支配につながりかねないとの批判はあるが、人口がいかに国力の物差しであるかを物語る一例だ。

少子高齢化とその結果としての人口減をいかにくい止めるか。経済同友会提言は、カギは社会全体の危機意識と政治の強力な指導力にあると指摘している。

一方で、人口減を肯定的にとらえる見方も実は根強くある。

ITベンチャー起業で日本の草分けでもある「ソフトブレーン」の創業者、宋文洲氏もその一人。「人口が減っても、生産性が高まれば日本人の生活の質はむしろ向上する」と楽観的だ。

「国力は人口に比例すると考えるのは毛沢東時代の発想と同じ」。宗氏は中国人として、かつて自国が進めた人口増政策によってもたらされた経済のゆがみにも触れながら、「日本の人口は8000万人程度が適正。いずれそこに落ち着く」とも付け加えた。

若者が多い方が、むしろ社会不安を誘発するとする見方もある。人口問題の米シンクタンク「PAI」の分析では、15歳〜29歳の若年層が4割以上の国は、それ以外の国に比べて2.3倍も内戦発生率が高まるという。

2年前にNIRAがまとめた「人口と国力」に関する報告書に次のようなくだりがある。

さかのぼれば、縄文後期と江戸末期に、いずれも大きな人口停滞があった。しかし先人は、水稲耕作の展開で弥生時代へとつなぎ、工業化によって明治の時代を切り開いていった。いわば危機バネがパラダイム(支配的規範)の大転換を迫ったともいえる。

少子高齢化もまた、日本に大転換を突きつける強烈なメッセージであるのかもしれない。(五十嵐徹)

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混乱と停滞に戻すのか 将来見据えた投票行動を

<平成19年7月29日 産経新聞社説>

【主張】混乱と停滞に戻すのか 将来見据えた投票行動を
 
この日本をどうするのか。真の改革の担い手にふさわしいのはだれか。安倍内閣10カ月の実績とビジョンに、有権者の審判が下される。

任期が6年と長く、解散による失職がない議員の選挙でもある。ここ数カ月、世の中を騒がせたテーマに目を奪われ、怒りにまかせて貴重な投票権を行使するわけにはいかない。

与野党の勢力が激変することも予想されているが、その結果もたらされる政治構造の変化は、日本が向き合う諸課題の解決にとって、ふさわしいものとなるのだろうか。

≪「年金」では選べない≫

改革の立ち遅れは、転換期に立つ日本に重い後遺症をもたらしかねない。長期的視野が必要だ。判断の誤りは重大な結果を有権者に突き付ける選挙であることを、いま一度考えたい。

今回の参院選への国民の関心が高いことは期日前投票の増加にも表れている。「年金選挙」として醸し出されたムードの影響は大きい。

年金記録紛失問題は、社会保険庁を舞台に、官僚のずさんな管理と、職員労組の過剰な権利意識の所産であったことを浮き彫りにした。

それを見過ごしてきた責任は、政治全体にあった。それでも、早急に対応策が整えられ、年金記録問題はひとまず片付いた。この問題だけで与野党の勝ち負けを決めようというのは、どうみても無理がある。

選挙結果に伴う安倍晋三首相の進退にも関心が向けられている。

たしかに、平成元年には宇野宗佑首相、10年には橋本龍太郎首相が、それぞれ参院選敗北の責任をとって内閣総辞職した経緯もあった。

しかし、参院の本来の趣旨は衆院に対する抑制機能にあるはずだ。その選挙が、またもや政局を大きく左右する様相を呈している。政局本位の選挙であってはならない。

戦後60年を経て、さまざまなシステムにひずみが出てきた。

安倍首相が目指す憲法改正や教育再生は、新しい国を形作るうえで不可欠だ。公務員制度改革への着手は、官僚主導政治に本格的にメスを入れる試みとなる。税財政のあり方を含む構造改革の推進、少子高齢化対策、地方の再興といった内政課題も急務である。

核の脅威を振りかざす北朝鮮に、安倍首相は毅然(きぜん)とした姿勢を示し、拉致問題解決を最優先課題としてきた。それだけに、北朝鮮は最近、ことさら安倍首相を批判し、その退陣を心待ちにしているようだ。

≪改革の必要性は不変≫

原則を曲げない対北外交方針は、日米同盟の維持、強化とともに不変でなければならず、いずれも死活的に重要なものである。いまは政治の混乱や停滞が許される状況にはない。

平成元年の参院選で、自民党の参院過半数割れが生じた後、自民党の下野と細川連立政権の誕生、新進党結成や自社さ政権、自自連立といった政界再編、混乱の時代が続いた。

首相や政権の枠組みが次々と代わるだけで政治は安定せず、「政界の失われた10年」とも呼ばれた。

自公連立体制が確立することによって、自民党は参院の過半数割れを意識せずにすんでいた。しかし、この選挙を経て、自公連立でも数が足りない事態が予想されている。

衆院で与党が圧倒的多数を持っていても、参院で過半数割れすれば、野党が反対する法案はいずれも参院で否決されてしまう。衆院と同様に参院も政党化している現実から、与野党対立の状況は、参院の抑制機能を超えて、法案の成否を決めてしまうのだ。

野党の賛成も得て成立させようとすれば、政府・与党が思い切った政策を打ち出すことは難しくなる。

小沢一郎代表が率いる民主党のねらいは、参院を与党過半数割れにしたうえで、安倍首相を衆院解散・総選挙に追い込むことにある。

その後の政権奪取や政界再編も視野に入れたものだが、日本がどのように改革の道を進んでいくのかについて、シナリオは見えてこない。

ふさわしい改革とそれを実現できる候補者、政党を見いだすことが、有権者に求められている。

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政権担当能力に疑問 〜安全保障を語らない民主党〜

<平成19年7月28日 産経新聞>

【2007参院選】何たる選挙戦(5)どこへ行ったマニフェスト

さすがは小沢一郎である。

昨年4月、民主党の最後の切り札として代表に選ばれた小沢氏はすぐに29ある参院選の1人区巡りを始めた。

民主党議員の何人もが「勝ち目のない地方をこまめにまわっても意味がない。人口の多い大都市対策にもっと力を入れないといけないのに」と陰口をたたいたが、その戦術を疑う者はいま誰もいなくなった。

これまで自民党を支えてきた郵便局や農家、建設業界が、小泉純一郎前首相が推進した構造改革によって既得権益を失い、自民党離れを始めたのを見逃さなかったのだ。

「私の政治生命すべてをかけて戦う」と言い放ち、野党が過半数を獲得できなければ、政界を引退すると退路を断ったのも効いた。

それに比べ、安倍晋三首相率いるチーム安倍は、「小沢との戦い」以前に政権運営の未熟さを露呈してしまった。

くどくどと書かないが、赤城徳彦農水相の「絆創膏(ばんそうこう)事件」がすべてを象徴している。

野党が閣僚のスキャンダルや失言を攻撃するのは当然としてもメディアの一部がことさら大きくとりあげ、与党がその対応に追われ続けたのは、有権者にとっても不幸だった。与野党双方による誹謗(ひぼう)中傷合戦もひどかった。小紙もその風潮に惑わされかけ、警鐘を十分に鳴らせなかったことは、率直に反省したい。

残念ながら、憲法改正や教育改革といった山積する重要な政治課題は、ほとんど論議されずに選挙戦は終わろうとしている。与野党ともに最大の争点として位置付けた年金問題でさえ、将来的に年金制度をどうするか、その財源として、消費税率を上げるのか上げないのかといった具体的論議は生煮えのままだった。

その結果、ようやく定着したかにみえた各政党が具体的な数値目標を伴った公約を提示して政策を競い合う「マニフェスト選挙」は大きく後退してしまった。

がっかりしたのは、これまで意欲的な試みをしてきた民主党のマニフェストがすっかり退化してしまったことだ。

まともに議論をすれば党が割れかねない憲法問題にはほとんど触れず、消費税率引き上げも封印した。むろん、安全保障問題もだ。

8年前、小沢氏は雑誌プレジデント」(平成11年2月号)のインタビューにこう答えている。

「国政とは国民の生命や生活を守ることにほかならず、それは突き詰めれば国防、安全保障ということになる。国政から安全保障をマイナスしたらゼロになる、と言ってもいい」

だが、遊説で「生活第一主義」を繰り返し強調する小沢氏は、安全保障に触れようとしない。政策論議よりも政権交代、つまり権力闘争にすべてを集中した「小沢戦略」はある意味立派だが、かつて本人が「国政の基本」と強調した安全保障政策を詳しく示さなかったのは、どうしたことだろう。

「側近と言われ、最も身近にいた人がいつのまにか仇敵(きゅうてき)になる、小沢氏が描く人間模様の不可解なところだ」

かつて渡部恒三氏から「小沢親衛隊」と呼ばれた元側近記者の田崎史郎氏は13年前、文芸春秋誌上(平成6年10月号)で小沢氏の人物像をこう記している。

歳月を経て、人格円満となり、党首として懐が深くなったかどうかも小沢氏が目指す二大政党制が日本で根付くかどうかを占うポイントとなろう。

平成5年、小沢氏主導によって誕生した非自民連立政権は、敵と味方を峻別(しゅんべつ)する小沢手法に反発した社会党とさきがけの離反によって翌年、あっけなく瓦解したからだ。

本紙を含め報道各社は参院での与党過半数割れは濃厚と予測している。そうなれば、与野党対決法案は参院でことごとく塩漬けとなり、国政が停滞するのは必至だ。

27日、東京株式市場の株価が急落した。参院選後の政治情勢が不安定になるとの市場の読みが下げ幅を広げたとの見方が強い。

当面の政治の混乱という痛みを承知で政権交代に望みを託すか、ミス続きの安倍政権に再チャレンジの機会を与えるのか、あす有権者が投じる1票はかつてない重い意味を持つことになった。(乾正人)

 =おわり

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安倍政権を守れ! 〜北朝鮮が唯一恐れた政権〜

<平成19年7月27日 産経新聞>

【2007参院選】何たる選挙戦(4)首相の理念 継続が大事

安倍晋三首相は、明治時代以来続いてきた官僚主導の政治を国民に取り戻すという意義ある政策を実行に移してきた。そのひとつが、先の国会で成立した公務員制度改革関連法である。また、集団的自衛権の行使についても、これまでは内閣法制局の解釈によって手足を縛られていたが、これを見直す検討を始めた。

一部の知識人やメディアは安倍首相に「ネオコン的」「強権的」「右翼的」などといった形容詞でレッテルを張る。だが、改正教育基本法、国民投票法といった国家の屋台骨を作る部分だけでなく、安倍首相はこれまでの政権が背を向けてきた中国残留日本人孤児の国家賠償訴訟で和解したり、薬害肝炎訴訟で和解の意思を示すなど「優しさ」「思いやり」を感じさせる政策も実行している。残念ながらこうした高い評価を与えていい政策が参院選で争点になっていない。

年金問題は国民の国家への信頼感を受け止めきれなかったという意味で大事な問題ではある。だが、今回選ばれる参院議員の任期は6年間ある。その任期の中では、憲法改正が非常に重要なテーマになるだろう。そうした論点を抜きにして、年金制度などの技術論だけで参院議員を選ぶのはあまりにも残念だ。

漠然とした空気の中で安倍首相、安倍政権批判が渦巻いている。年金問題、故松岡利勝前農水相の自殺や事務所費問題、果ては赤城徳彦農水相の「絆創膏(ばんそうこう)問題」といった事柄で、ムードができている。安倍政権は信頼できないという空気が蔓延(まんえん)し、本質的な議論がなされることが少なくなっている。

このような形で安倍首相が批判される一因は、人事の拙(まず)さであろう。小泉純一郎前首相も人脈が狭く、「人を知らない人だ」「勉強していない人だ」と思ったが、安倍首相はそれ以上ではないか。

首相の「人事力」の不足が、閣僚のスキャンダルなどの些末(さまつ)な問題を引き起こし、本来評価されるべき政策、法案を通してきた実績がつまらない形で帳消しにされている。

首相が参院選後に政権を維持するのであれば、有力なアドバイザーを置くことが必要だ。首相と価値観を共有し、加えて世の中のことがもう少し分かる人材を脇に置かなければいけない。はっきり言って、今のままの人事力では政権はもたないだろう。どんなに良い理想を持っていても、内閣や党の要に、上手に人材を配置できなければ、それを実現するのは無理だ。

参院選で、年金に議論が集中しているのは、国民にとって切実であるとともに、民主党が選挙戦の争点に年金問題を設定し、それを朝日新聞をはじめとする一部メディアがあおった面はある。しかし、安倍首相・自民党も憲法改正でなく、年金を最大の争点にした。6年間の任期で解散がない参院議員を選ぶ選挙では外交や安全保障など、国家の基本的な問題を考えなければいけないのに、それを問い続ける覚悟がない。争点を年金にしたのは首相のある種の弱さの反映ではないか。

首相には、堅固な価値観を貫くことが政治的強さにつながることを認識してほしい。

たとえば、北朝鮮は安倍首相の失脚を願っているが、それは、安倍政権は歴代政権で唯一、北朝鮮が恐れた政権だということだ。対北政策で決して揺らがなかったからこそ、ようやく金正日政権から、軽んじられない政権になったことを忘れてはならない。

これらも含めて、有権者が安倍首相の実績を総合的に正当に判断して、それでも信頼できないとするのであれば、首相は甘んじて受けるしかない。しかし、閣僚スキャンダルや年金問題だけをみて、投票するのは全体像を見失っている。

私は、安倍政権が続いてほしいと考えるが、大事なのは首相が掲げた理念、価値観、憲法改正による自立した国家を目指すといった考えが継続されることだ。安倍首相の継続を好ましいと思いつつも、万一の場合、まだ52歳なのだから、一度、退陣し、強靭(きょうじん)なる精神を身につけてから再チャレンジするというほどの余裕を持ってほしい。(ジャーナリスト・櫻井よしこ氏 談)

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2007年07月28日

亡国の選挙報道 〜改革半ばの首相を引き摺り下ろす愚行〜

<平成19年7月26日 産経新聞>

【2007参院選】何たる選挙戦(3)世論も新聞もお盆の上の豆

「私はかねがね、新聞というものは大きな見出しよりは小さなベタ記事のほうが面白いことが書いてあると信じている人間です」

これは生前、江藤淳さんがよく口にしていた感想だった(たとえば『保守とは何か』文藝春秋)。

ところがこんどの参院選では、多くの新聞の“大きな見出し”も“小さなベタ記事”も、ほとんど同じ一色で埋まっている。すなわち「天下分け目」「自民大敗」「ポスト安倍」といった予測や論調やうわさ話ばかり。テレビはテレビですべてのワイドショーが「年金」「花代」「なんとか還元水」「しょうがない」「アルツハイマー」「ばんそうこうの人」といった話題でもちきりである。どのチャンネルも変わることはない。

世に醜聞と失言の種は尽きまじで、もちろん失言する方もする方だ。しかし参院選の争点はそんな揚げ足とりではないはずなのである。

「世論なんてお盆の上の豆みたいなものよ。お盆を右へ傾ければ右へ、左へ傾ければ左へ、ザザーッと一斉に転がっていく。新聞報道もおんなじね」、これは曽野綾子さんの痛烈なレトリック(修辞)だった。

穴があったら入りたいくらいだが、なかには「安倍おろし」をしたくてたまらぬ新聞もあるらしい。こうして世論とマスコミが二人三脚となって、明日にも政権交代が実現するかのような報道ぶりにもなっている。

ちょっと待ってくれ。参院選は衆院の総選挙と違って総理大臣を選ぶのが目的ではない。そもそも自民・公明は衆院で過半数を維持している。選挙の結果、万が一安倍退陣というような事態が起きたとしても、同じ自民からほかのだれかが出てくるだけなのだ。

それより何より、社員食堂の日替わりランチのメニューではあるまいに、くるくると指導者の顔をすげ替えてどうしようというのか。安倍さんは「戦後レジーム(体制)からの脱却」を掲げて、ともあれ教育や政治の改革に乗り出したばかりのところである。その首相を道半ばで引きずりおろし、一体だれにこの日本丸の航路の舵(かじ)をまかせようというのだろう。“何たる選挙報道”、海外も日本のていたらくを見ている。いまの世論と一部新聞には、そのあたりの覚悟と存念(ぞんねん)があるのかどうか、聞いてみたい。

先日、亡くなった宮沢喜一元首相は世論調査というものに強い不信感を持っていたらしい。「政治のリーダーは大型タンカーの船長のようでいい。表立って目に見えないが、ブリッジで仕事をしている」という政治哲学だったそうだ。

宮沢さんの政治姿勢には必ずしも賛成しなかったが、この言葉には大いにうなずかされた。大型タンカーの船長は映画タイタニック』のディカプリオのように、船首に立って叫び立てたりはしない。しかし外からは見えない操舵(そうだ)室で羅針盤なり何なりをにらみ、船がきちんと目的地をめざしているかどうかを見定めているのだ。

政治家、とりわけ“良識の府”である参院はそういう人こそふさわしいと思うのだが、どうだろう。オレが、オレがの政治家ではない方がよろしい。

大ヒットした歌曲『千の風になって』の紹介者である作家の新井満さんから『自由訳 老子』(朝日新聞社)という新著がおくられてきた。そのなかに「最高の政治家とは」という一章があった。新井さんによる老子の自由訳はこうである。

《政治家にもいろいろあるが、最高の政治家とは何か…/それは国民からその存在を意識されない政治家である/「いることはもちろん知っているのだが、つい忘れてしまうのだなあ…」》

つい忘れてしまう人といっても、何もしない怠惰なやつではない。大きな仕事をなしとげても自分の手柄にせず、失敗しても言いわけしない政治家。それそれ、『老子』のいうそういう候補者がどこかにいるだろう、とこれは自分に言いきかせた。(石井英夫)

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恥ずべき日本国民 〜国家ビジョン無き参院選〜

<平成19年7月25日 産経新聞>

【2007参院選】何たる選挙戦(2)「醜聞・年金だけの争点は恥だ」

「今回の参院選は、日本が今後国際的にどんな役割を果たすべきか、安倍晋三首相が示したビジョンへの賛否が問われるべきだと思っていたら、一連のスキャンダルと年金制度の管理ミスだけが争点のようになってしまった。これはシェーム(恥)だと思う」

今の選挙のキャンペーンを「恥」という激しい言葉で評したのは、米国の若手日本研究学者マイケル・オースリン氏である。米国大手紙への7月上旬の寄稿だった。

エール大学の准教授から首都の主要シンクタンクAEIの日本政治・外交専門の研究員となり、2週間前にワシントンに居を移したばかりの同氏は30代後半だが、日本側でおなじみの米国の日本専門家たちに比べれば、ずっと若い。とはいえ日本とのかかわりは大学卒業後すぐに日本政府の外国語指導助手招請の「JETプログラム」に参加して、兵庫県で2年を過ごし、数年後にはフルブライト留学東京へ。そのまた後に神戸大学での研究と、長く、深い。

そのオースリン氏をAEIに訪ね、改めて問うと、いかにもこの世代の日本研究者らしい知日度の高さと従来の枠からの脱却を思わせる解説がはね返ってきた。

宮崎県に住む日本人の妻の両親とよく話すので、年金問題の重要性もよくわかります。しかし、米国のスカートの背後から足を踏み出すという意味の『戦後レジーム(体制)からの脱却』を戦後生まれの若い安倍首相が唱えたいまの日本は、まさに歴史的な分岐点にあると思う。日米同盟をどうするか。中国の拡張にどう対応するか。憲法9条や防衛政策をどうするか。世界にどう貢献するか。今後の30年ほどの国の進路を決めるエキサイティングな時期でしょう。そんな時の国政選挙なのに醜聞と年金だけ、というのはあまりに残念という意味で『恥』と評したのです」

ワシントンの戦略国際研究センター(CSIS)研究員でオースリン氏と同じ世代の日本の政治・安保の専門家ニック・セーチェーニ氏は「どの国の選挙でも主要な争点は国内問題になりがちですが」と前置きしながらも、「いまの日本は日米関係の在り方一つとっても、どんな政策が適切なのか、さらに国際的により大きな役割をどう果たすか、非常に重要な課題に直面しているのに、参院選では目先の問題にのみ込まれた観です」と、類似した失望をにじませた。

ただし、今後誰が首相になっても、そうした対外的な重要課題からは逃れられないだろうという。

米国のマスコミの参院選に対する関心もきわめて低い。大手紙誌で日本の今の選挙戦を詳しく報道や論評した記事はごく少数である。

その理由について、日本の安保政策などを長年研究してきた60代のベテラン学者、国防大学国家安全保障研究所のジム・プリシュタップ上級研究員は「選挙戦が、米国側でも関心の深い日本の長期の外交戦略、つまり北朝鮮の核武装や中国の勢力拡大への対処法などを論じず、スキャンダルだけが大きく投射され、もっぱら安倍首相への信任投票となったからでしょう」とみる。

プリシュタップ氏はそして、安倍首相自身も憲法や安保という論題を、公明党の反応などに懸念して正面から後退させた一方、民主党も党内の政策見解一致がないために、安保や外交を論じたくないのだろうという考察を述べた。

この点、オースリン氏は次のように語る。

「民主党も政権の獲得を真剣に考えるならば、世界における日本というビジョンを大きく描かねばならないが、代表の小沢一郎氏は『永遠の革命家』という感じです。いつも闘いを挑むけれども、自分自身がどんな政策を有しているのか、不明という意味です」

一方、オースリン氏によれば、安倍氏は「より強い日本、より自信ある日本」を目標に、民主主義や市場経済を基盤とし、安保努力の増強や日米同盟の強化を目指すという点で、是非は別にしても、政策の方向は明確だという。

そうした政策目標は、これまた是非は別にして、日本という国家の在り方、そして日本国民の生き方の根幹にかかわる選択であろう。

だがその是非が少しも論じられない日本の参院選の現状を、オースリン氏は「恥」という言葉で率直に批判したのだった。(ワシントン 古森義久)

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自民党の敗北は北朝鮮を利するだけ 〜真の国益を理解できない日本国民〜

<平成19年7月24日 産経新聞>

【2007参院選】何たる選挙戦(1)誰を利する「国家」なき迷走

年金記録紛失問題、閣僚の相次ぐ失言などで苦境に立つ安倍晋三首相をほくそ笑んでいる国がある。

23日付の北朝鮮の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、安倍政権が赤城徳彦農水相の事務所費問題で「さらに苦境に陥った」と論評。そのうえで、「安倍一味(政権)は腐敗政治と決別し、自ら権力の座から退くのが良いだろう」との「安倍退陣論」を展開した。

北朝鮮メディアが日本の首相退陣を求める論評を出すのは極めて異例だ。言論の自由のない北朝鮮では、労働新聞の論評は、金正日総書記をはじめとする北朝鮮指導部の意思と同義といってもいい。つまり、北朝鮮指導部は、拉致問題解決を強く迫る安倍政権を煙たがり、早期退陣を待ち望んでいるのだ。

なぜ今回の参院選が北朝鮮の望む展開となっているのか。

一つには、社会保険庁のずさんな労働実態がクローズアップされたが、その批判の矛先が労働組合や歴代の社会保険庁長官より、現政権に向いていることが大きい。特に選挙戦序盤で与野党が責任を押しつけ合う「泥仕合」の印象を有権者に与えたのも安倍政権にはマイナスとなった。

野党が「政治とカネ」問題で攻勢をかけると、与党側は、民主党の小沢一郎代表の資金管理団体による不動産購入問題で応酬した。

政治評論家の屋山太郎氏は「小沢氏が政治とカネを追及するのは、強盗が家人に『戸締まりが悪い』と説教するようなものだ」と語るが、結果的に国民の「政治不信」は深まった。

それに追い打ちをかけたのが、「赤城問題」への対応だった。説明責任を十分に果たしていない農水相をかばった首相の支持率はさらに低下。17日、絆創膏(ばんそうこう)姿で報道陣の前に姿をあらわした農水相をテレビのワイドショーをはじめとするメディアは嘲笑(ちょうしょう)の対象として大々的にとりあげ、税財政や社会保障といった政策論争はどこかに消し飛んでしまった。

「日本ではディベート(討論)型の選挙は定着しないのかなあ…」

参院選が中盤戦に入った7月中旬のある夜。何カ所もの全国遊説をこなして首相公邸に戻った安倍首相はため息交じりにつぶやき、ソファに体を深く沈めた。

首相は「選挙サンデー」の22日に積極的なテレビ出演を検討していた。小沢氏が、地方という「川上」を回る作戦に徹していることに対抗するためだ。

ところが、自民党執行部は「年金や『政治とカネ』の問題で揚げ足を取られかねない」と頑強に反対し、22日の首相の日程は首都圏での街頭遊説に差し替えられた。

首相には忸怩(じくじ)たる思いが残ったが、これまでのテレビや日本記者クラブ主催の党首討論会での首相の評判は自民党内でも芳しくなかった。

「堂々と政策論争に挑みたい」という首相の思いは空回りし、年金問題などで反論すればするほど、視聴者には「高圧的」「言い訳がましい」と映った。

首相はもともと今回の参院選で「国家の根幹にかかわるテーマを正面から問いたい」と考えていた。年初に「参院選では、私の内閣が憲法改正を目指していくことも当然訴えていきたい」と明言したのもそのためだ。

だが、年金問題をはじめとする「負のスパイラル」に陥り、選挙戦では「憲法改正」はほとんど語られなくなった。

自民党内の足並みも乱れ始めた。高知選挙区の田村公平候補は16日、「絵に描いた(安倍首相の掲げる)『美しい国』で応援にこられて適当なことを言われたら、バカにされたような気がする」と痛烈に批判した。

首相批判の急先鋒(せんぽう)である加藤紘一元幹事長は、民主党若手と情報交換を続けるとともに、18日には古賀誠元幹事長を地元・山形に招き、連携をアピール。古賀氏は22日、福岡で谷垣禎一前財務相とひそかに会談した。「党内の話題は選挙情勢ではなく、首相の『退陣ライン』になりつつある」(中堅)との声もある。

参院選の「政策論争なき迷走」はいったい誰を利するだろうか−。(石橋文登)
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2007年07月22日

亡国の官僚風土 〜中国に侮られる防衛力〜

<平成19年7月14日 産経新聞>

【やばいぞ日本】第1部 見えない敵(1)中国軍に知られたF2の欠陥

「F2の弱点は隠しても無駄だ。中国軍幹部にも知られているんでね」。航空自衛隊元幹部が重い口を開いた。

F2は総額3700億円以上を投じ、米国の戦闘機F16を土台に日本の誇る先端技術を取り込んだ「日米共同開発」の産物だ。1990年に開発を始め、対地・対艦用の支援戦闘機として設計されたが、対艦ミサイル四基を搭載すると主翼が大きく振動する欠陥が直らない。

支援戦闘機としては失格でも、爆弾を積まなければ自由自在に舞うことはできるとの理由で迎撃用戦闘機用として航空自衛隊三沢基地などに配備されている。しかし、戦闘能力についても「F2は韓国のF15Kに劣る。竹島の制空権は失った」と空の勇者たちは嘆く。

2004年当時、石破茂防衛庁長官は「国民に説明できないものは買わない」と調達打ち切りを言明した。防衛省は当初予定141機だった総調達計画数を最終的に94機まで削減し、今年度を最後に購入は終了する。だが、いまなお「失敗」を認めようとしない。

防衛省技術研究本部の秋山義孝事業監理部長は「航空幕僚からのより高度な要求を満足させるため今でも改良を重ねている。失敗だとは思っていない」と強調すれば、航空幕僚幹部は「置かれている条件からすれば妥当な成果を出せた」と慎重に言葉を選ぶ。

80年代末、米国防次官補としてF2の日米交渉を担当したアーミテージ元国務副長官は「失敗じゃないって?うまくいっていないのに」と目を丸くする。 米国では防衛技術の場合、「スパイラル理論」が常識になっている。失敗の原因を見つけ、改良とテストを繰り返す。さらに実戦の経験を生かす。失敗を認めてこそ成功に導ける。欠陥を隠蔽(いんぺい)したり、解決を先送りすると“進化”できない。

F2の悲劇はミスを取り繕うことから始まった。1990年代、防衛庁とメーカーの技術陣は「ニュー零戦」の野望に燃えていた。日本の技術である炭素繊維複合材を主翼に採用する挑戦が始まった。ところが強度不足で所定の超音速で飛行すると主翼が付け根からはがれてしまう。設計が悪かったのだ。

現場は一から強度計算し直し、抜本的に設計変更しようとしたが、予算システムの壁があった。「開発費が一挙に膨らみ大蔵省(現財務省)から拒絶されることが怖かった。結局、複合材に鉄板を入れるなどして付け焼き刃を重ねた」(F2試作に参加した防衛省OB)。

防衛省やメーカーの優秀な頭脳はパッチワーク(継ぎはぎ作業)とその対応に投入された。その結果、米国が提供を拒否した飛行制御ソフトの自主開発という成果を出し、補強材入りの炭素繊維の翼で迎撃用戦闘機として飛べるようにはなった。  だが、改良費用はかさみ、当初予定の開発費1650億円を倍増させた。開発期間も長期化した。「支援戦闘機として完成までにはあと60年かかる」という開発現場のうめきに、F2問題が凝縮されている。

失敗を直視しないという慣行については防衛省だけを責めることはできないかもしれない。

90年代のバブル崩壊後の「空白の10年」は、政府が膨大な不良債権の存在から目を背け、公的資金投入を決断できず、小出しの景気対策など弥縫(びほう)策を重ねたことが背景にある。現在の年金記録紛失の根本原因も、保険者番号のない社会保険庁のシステムの失敗にある。なのに、番号制度の早期導入議論を先送りにして問題の本質に目をそらしたまま、政争だけが盛り上がっている。


・失敗認めぬ“官僚風土”

F2を製造している三菱重工業小牧南工場の一角には、真っ黒な機体もどきが鎮座している。

次世代機の国産化も辞さないとする意思を誇示し、F2の悲劇を繰り返さないようにしたいと、防衛省と三菱が見様見まねでつくった実物大のステルス戦闘機の模型だ。現にフランスに持ち込んでレーダーに映るかどうかの実験もした。

1980年代後半、日本はバブル経済の絶頂期。防衛庁には「絶対に米国を越えられるという夢があった」(防衛省幹部)。「FSX」(次期支援戦闘機)の国産化をめざしたが、米国からエンジン技術を提供しないといわれてあえなく挫折した。F16(ロッキード・マーチン社製)を母体とした共同開発でいったん合意したが、「日本が米国を飲み込むという議会などの脅威論に押され、ブッシュ政権発足当時のベーカー国務長官には対日関係安定を考えるゆとりがなかった」(アーミテージ氏)。 

ブッシュ(父)大統領は、(1)中枢技術の飛行制御ソフトの供与中止(2)日本から無料、無条件で炭素繊維複合材の一体成型加工技術とレーダーの素子技術の提供を約束させよと、ベーカー長官に命じた。

ベーカー長官の書簡一通だけで日本政府首脳の腰は砕け、「日米共同開発」の名目をとるのが精いっぱいだった。製造作業分担は日本6に対し、米4だが、収益配分は逆の4対6だった。

ロ社が炭素繊維技術を使ってF2の左側主翼を製造したのは、単なる練習台だった。目標は炭素繊維複合材をふんだんに取り入れた次世代のステルス戦闘機のF22AラプターとF35の開発で、いずれも成功した。

防衛省は現在の迎撃戦闘機F4の次期戦闘機(FX)の最有力候補としてラプターに着目し、その詳細な性能情報の提供を求めているが、米国防総省は門外不出の構えを崩していない。

日本の先端技術は、米国の戦闘機技術を一世代向上させるのに部分的とはいえ貢献したのに、米側の認識は「炭素繊維複合材のリーダーは米国」(アーミテージ氏)。日本は恩恵をほとんど受けられない恐れがある。

同じ新素材を使いながらも、「世界の航空機の盟主」の自負心でもって、次世代機開発に取り組んだ米側にとって、「うまくいっていない」と見抜いた日本の航空機製造技術を冷たく突き放すのは、国際ビジネス競争の非情な現実そのものといえる。

一方的な米側の要求に屈したことに伴って負ったハンデはあるにしても、失敗を失敗と認めようとせずに小細工を重ね、レトリック(修辞)を弄しては言い逃れる「無謬」の日本の官僚。在任中に問題を起こさなければ、それでよしとする「ことなかれ」主義が、問題の根本である。

それは日本国内でまかり通っても、国際的には通用はしない。「共同開発」パートナーから、評価されないF2が象徴する。失敗を教訓にすることなく、糊塗するだけの“官僚風土”が、中国の侮りを受けるような防衛力の空洞化を招いているのだ。(田村秀男)


F2年表

1985年10月 次期支援戦闘機(FSX)選定作業開始

1987年 6月 栗原防衛庁長官とワインバーガー国防長官がFSXの「日米共同開発」で一致

1988年 6月 瓦防衛長官とカールッチ国防長官が米ゼネラル・ダイナミックス社(現在のロッキード・マーチン社)製F−16をベースにした「共同開発」条件で合意

1989年 2月 米上院議員24人がF−16の対日技術供与に反対表明

同3月 ブッシュ(父)大統領、対日技術制限を表明

1990年 3月 開発作業開始

2000年 9月 量産第一号機、航空自衛隊に納入

2004年12月 新防衛大綱で、F2量産機調達数を98機(当初予定は141機)に削減決定

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2007年07月14日

国際政治で出番無し 〜戦略無き日本〜

<平成19年7月8日 産経新聞>

【やばいぞ日本】序章 没落が始まった(6)米中のゲームに加われず

中東の泥沼から抜け出そうともがくワシントンでは政治・外交の構造変化が起きている。

それに乗じる中国。日本はその地殻変動についていけない。

「今や中東情勢はまるで第三次世界大戦前夜だ」。この6月13日、国防総省の地下会議室に各政府機関の国際情報分析専門家約30人が極秘裏に集まった。イラクの大量破壊兵器存在説を流す過ちを犯して以来、評判の芳しくない中央情報局(CIA)抜きで、本音で討論し、「巨大な衝撃が将来起こりうることで議論は白熱し、結論どころではなかった」と会議に参加した国防総省筋は言う。

「国務省内では今、バルカン化(balkanization)という言葉が流布している」(元国務省幹部)。

バルカン化とは、中東のように地域全体がばらばらになり、互いにいがみ合って紛争が頻発し、収拾がつかない事態をさすが、「中東問題を最優先しないとバルカン化が世界に広がる」(国務省筋)。

ライス国務長官はヒル国務次官補ら東西冷戦の専門家を東アジア担当に据え、朝鮮半島問題を重視してアジア専門家を事実上一掃した。ネオコンと呼ばれ、民主主義イデオロギーを浸透させるためには強硬論で譲らないボルトン元国連大使らも政権から離れた。

中国、韓国と組み、北朝鮮を懐柔し、とにかく核の放棄の道筋を付ける。北の核はそれ自体が米国にとっての脅威という意味ではない。その核が中東やテロリストに拡散する恐れを取り除くことが優先する。そのために金融制裁も事実上解除した。 核合意を確かなものにするために、ヒル次官補は中国の北朝鮮への影響力に頼る。北京との関係強化を通じてライス長官の訪朝、国交正常化交渉すら仕掛けかねない。中国の比重が米外交にとって高まっていく。

一方で米議会のほうでは、中国に向かって逆風が吹き荒れている。人民元の切り上げなど通商問題や、スーダンでの人権抑圧などで集中砲火を浴びている。中国は逆に対話の好機到来とみるのか、「民主党、共和党を問わず在米中国大使は主要候補者の選挙区を精力的に回っている」(米地方紙記者)。

中国の「知略」は急速に洗練されつつある。ことし4月末、ワシントンの国防大学で「宇宙行動規範」に関する超党派のシンポジウムが開かれた。

中国は1月に、自国の気象衛星を標的に衛星破壊の実験を実施し、米国や日本は中国の暴挙を一斉に非難した。出席者の顔ぶれの中にはクリントン政権当時のレイク国家安全保障担当補佐官とホルブルック国連大使の重鎮二人と並んで民主党大統領候補としてクリントン上院議員を急追しているオバマ上院議員のアドバイザーもいる。

中国大使館の安全保障担当は発言を求め、「米国の衛星が中国の脅威なのは当然」。一呼吸置いた後、「でも軍部との対話は難しいね」と言ってのけた。

中国といえば党の指示通り、大国の横暴ばかり非難すると思いきや、あっさりと本音を公言、会場は沸いた。それにつられたのか、衛星破壊批判では共和党と一致しているはずの民主党系の専門家が、「破壊実験は宇宙の軍縮管理に消極的なブッシュ政権に警告したかったのだろう」とボルテージを下げた。

目の前で演じられた米中のゲームに日本政府からの参加者は沈黙したままだった。

「最近の国際会議ではよくあるパターン」と会議を傍聴した知り合いの知日派米国人は言う。日本は米中のはざまに埋没している。


・退場した知日派

「ネオコン」が健在なころは、日本はワシントンで中国を圧倒していた。ネオコン陣営のボルトン元国連大使は「拉致問題で、米国は日本を全面支援すべきだ。金正日は絶対に核を放棄しない。平壌に圧力をかけ過ぎると北朝鮮が崩壊すると恐れる中国をあてにできない。国務省の対話路線は完全に失敗した」と今も咆哮してやまない。

ヒル氏は2005年4月に次官補就任のあと、ライス長官を説き伏せて平壌に乗り込もうとしたが、強硬派の総帥、チェイニー副大統領の了解が必要だった。「副大統領はホワイトハウスの執務室で案を一べつするや、キミね、核疑惑のならず者国家と二国間交渉できると思うのか、と冷たい目を向けた。われわれは言葉を返せずそのまま部屋を出た」(ヒル氏に近い筋)。

その副大統領自身、腹心のリビー元副大統領首席補佐官の米中央情報局(CIA)工作員身元漏えい事件での司法妨害罪などで力をそがれてしまった。

「ヒル次官補の独走をやめられる者はホワイトハウスにもいなくなった」(元国務省幹部)。

日本はネオコンという強力な後ろ盾を失ったばかりではない。ワシントンの知日派の大半が政権から離れた。

知日派の総元締めであるアーミテージ元国務副長官は言う。「私やグリーン元国家安全保障会議アジア上級部長が政権にいるうちは日本の要人は議会に足を運ぶ必要なんかない、われわれに会えばすべて用が足りた」。日本は知日派に頼り切った結果、「2001年のブッシュ政権発足以降、ワシントンに来る日本の閣僚や政治家に議会要人に合わせようとしても、大半はノー・サンキュー」(共和党系ロビイスト)だった。

日本政府や政界の対米議会工作は、空白の状態が続いている。日米経済問題は無風なのに、ワシントンの日本大使館スタッフのうち、議会担当はわずか4人、約40人もの経済担当スタッフという布陣は通商摩擦が激しかった1980年代と変わっていない。官庁の縦割りがそのまま持ちこまれ、見直しは一向に進まない。

ワシントンが中国をたたいてもニューヨークは全く違う。「中国の軍事的脅威論は誇張のしすぎ」(JPモルガン・チェース・インターナショナルのパール副会長)、「有害食品問題なんかは米国で19世紀末に深刻だった。民主主義でなくても、市場競争で解決できる」(米国の大学教職員年金ファンドのマネジャー)。

金融は軍事と並ぶ超大国米国の要だ。中国は政府機関としては今や日本をしのぐ米国債の最大の買い手で、米金融市場安定のカギを握っている。政治のパイプがたとえ細っても、経済面では米国での存在感で日本は優位というのも今や過去、中国の台頭で薄れていく。(田村秀男)
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日中宇宙開発比較 〜研究者・技術者の情熱が足りない日本〜

<平成19年7月7日 産経新聞>

【やばいぞ日本】序章 没落が始まった(5)

宇宙空間は魔法使いの住む世界なのだろうか。シンデレラが乗った馬車のように大きなカボチャも夢ではなくなる。

それを実現してみせているのが中国の宇宙開発の現場なのだ。地球を取り巻く宇宙空間の特殊な条件を利用して活発な植物の品種改良が進む。

中国の人口は13億人。拡大する「胃袋」を満たすための妙案が宇宙開発に託されている。宇宙生まれのマンモス・カボチャ「太空南瓜」は、その期待に応えた成果の一例だ。


・宇宙野菜が示す中国との差

無重量の宇宙では熱対流が消えるので、超高品質の合金も製造可能。生命科学の分野では、タンパク質もきれいに結晶するなど、新素材や医薬品の開発に道が開ける。

日本はスペースシャトルなどを利用して、宇宙での高度先端技術を追究してきたが、特筆すべき成果は出ていない。

これに対し、中国では日常生活と宇宙産業の距離が急速に短縮中だ。特に高度なことをしているわけではないのだが、実績は着実に目に見える形になっている。




日本は8月16日、H2Aロケット13号機を打ち上げる。搭載される大型探査機は「かぐや」。宇宙航空研究開発機構(JAXA)宇宙教育センター長の的川泰宣は「米国のアポロ計画以来となる本格的な月観測」と説明する。

米国が有人月面探査を柱とする「新宇宙計画」を発表するなど、月は今、最も注目を集めている天体だ。

中国も月に熱烈な関心を寄せている。月周回衛星「嫦娥(じょうが)」を、今年4月に長征ロケットで打ち上げようとしていたが、遅れをみせている。

その中国は、2003年10月に宇宙飛行士を乗せた「神舟(しんしゅう)5号」を打ち上げ、世界3番目の有人宇宙飛行国となった。

日本は宇宙飛行士を擁しているが、スペースシャトルに依存した有人活動で、自前の宇宙船は持っていない。

日中の宇宙開発は、同時期に始まっている。1970年2月に日本の「おおすみ」、4月に中国の「東方紅」が、それぞれ初の人工衛星として打ち上げられたのだ。

その後、中国はソ連寄り、日本は米国寄り、と日中の宇宙技術は別の路線を進んできた。これまでほぼ互角の競争力。そこに今、思いがけない差が開きつつある。


・足りない研究者の情熱

「中国に行った方が力を発揮できるかも、という研究者もいます」

JAXA国際部参事の辻野照久は、半ば冗談と断りながらそう語った。現在、中国の宇宙開発には、それほど活気があるということだ。

5月にナイジェリアの通信衛星などを打ち上げた中国は、7月5日に長征3Bロケットで自国の通信衛星を打ち上げた。これは101機目の長征ロケットで、連続成功を59回に伸ばした。

日本の打ち上げ回数はN1ロケット以来、42機。連続成功は29回止まりとなっている。

日本のロケット開発は次々新技術に挑んでハイテク化を遂げているが、中国はローテクのまま信頼性を高めたことで92.1%という、より高い成功率に到達した。

辻野は日本で数少ない中国の宇宙開発ウオッチャーだ。中国空間技術研究院が隔月で発行する論文集などに目を通して、現状や方向性を分析している。その結果、意外な現実が見えてきた。

「日本がやっていることは、全部中国もやっていました」

そのうえ、宇宙開発分野で日本人研究者の成果を引用した論文が見あたらない。中国の宇宙工学者たちは米国の研究を重視している。有人宇宙船「神舟」はロシアの「ソユーズ」宇宙船をベースに開発されたが、近年は米国の影響をより強く受けつつあるらしい。

中国は複数の衛星からなる独自の衛星利用測位システム(GPS)を構築しつつあるほか、宇宙空間を舞台に、日本が行っていない研究にも手を広げている。

その代表例が巨大カボチャ・太空南瓜を実現した「育種衛星」だ。2週間以上、地球を回った後に地上に戻ってくる回収式の衛星に米や麦、トウモロコシといった穀物などの種子を搭載する。

「野菜類もありますし、花や香辛料、ヘチマの種も積んでいます」。国際課主査で中国に詳しい藤島暢子も語る。

高エネルギーで飛び交う宇宙線を利用した植物の品種改良である。無重量に、高真空という条件も重なる結果、地上での放射線照射という従来技術を上回る効果があると説明されている。

中国科学院内の航天育種センターでは、ピーマンやトマト、ウリなどの「宇宙野菜」を市場に送り出しているという。

3回目の有人飛行となる神舟7号は北京オリンピック直後の2008年秋に打ち上げられる。このときは全く新しい発想の宇宙服による宇宙遊泳が実施される見通しだ。

「中国人は宇宙に対して強い願望を持っている。天人や仙女、不老不死につながる憧憬(どうけい)があるようです」

辻野によると、この根源的ともいえる動機の上に、過去40年にわたって技術が積み上げられてきたという。それは軍事力の強化とも不可分の歩みであった。

1960年代の中国には「両弾一星」という目標があった。原子爆弾と水素爆弾が「両弾」。人工衛星が「一星」なのだ。今の中国は月面基地建設を大目標に掲げて活気づいている。国内の人材育成と世界からの才能獲得に余念がない。胡錦濤国家主席をはじめ、理系出身者で固められた中国指導部の影響力は大きい。

一方の日本は、停滞気味である。新たな「GX」ロケットの開発難航もその一例だ。すでに大幅な遅れを生じている。

JAXA宇宙教育センター長の的川は研究者や技術者を目指す若手に「物足りなさ」を感じている。頭も良い。手際も良い。問題を解決する能力も備えている。

「足りないのは、宇宙への情熱と問題を発見する能力です」

国は4年前に宇宙科学研究所(ISAS)と宇宙開発事業団(NASDA)などを統合して、現在のJAXAに変えた。機関統合の効果を疑問視する意見は関係者の間に少なくない。

ISASが開発した世界最大の固体燃料ロケット「M5」も統合によって捨てられた。「研究者の内発性の炎が消えつつある」。そうした危惧(きぐ)の声が聞こえてくる。=敬称略(長辻象平)
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2007年07月12日

支那の対日傲慢化に対抗せよ 〜聖徳太子、豊臣秀吉を見習え〜

<平成19年7月5日 産経新聞>

【正論】上智大学名誉教授 渡部昇一 中国政府の対日傲慢化の起源

■頼山陽が評価した毅然たる日本の姿

 ≪歴史詠った『日本楽府』≫

頼山陽が生前に出版した本は1冊だけであり、それが『日本楽府』である。日本66州にちなんで66◆(けつ)ある。日本の歴史のうち、頼山陽が自分の関心をひいた事件を66選んで作詩したのであった。

何しろ歴史上の事件を踏まえた作品であるから一読しても何のことやらわからないものもある。刊旨の序文をつけた篠崎小竹のような学者でも「最初読んだ時は、舟に乗って霧の中を行くようなもので、岸が見えない感じがした。しかし目を凝らして見るうちにだんだん岸の木々が見えるようになり、そのうち絶景が見えて、欣然(きんぜん)として拍手するような気になった」という主旨のことを記している。

旧制中学で学んだ者ならば、元寇を扱った「蒙古来」の冒頭の部分「筑海ノ颶(グ)氣、天ニ連ラナツテ黒シ。海ヲ蔽(オオ)ヒテ来ル者ハ何ノ賊(ゾク)ゾ。蒙古来ル、北ヨリ来ル…」とか、明智光秀の反逆を扱った「本能寺」の冒頭部分「本能寺、溝ハ幾尺ゾ。ワレ大事ヲ就(ナ)スハ今夕にアリ…」を暗記している者も少なくないと思う。

ふた昔近く前に私はこの66◆全部に注をつけることを試みたことがあった。最近、必要があって旧著を読み返したところ、今まで気づかなかったことに1つ気が付いた。それは大部分が日本の中の事件を扱っているこの楽府が、冒頭と末尾の◆で、日本とシナ(王朝としてはそれぞれ隋と明)との外交関係を扱っていることである。

≪聖徳太子と秀吉の気概≫

第一◆は聖徳太子−推古天皇の摂政−が隋の煬帝(ようだい)に与えた返書の有名な言葉にもとづいている。「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す…」とか「東天皇敬(つつし)んで西皇帝に向(まう)す…」とか伝えられる話である。これは古代において、日本が正式の国書の中で、日本の天皇と、隋の皇帝を同格に置いたものとして重要であるが、頼山陽はさらに一歩すすめて、日本の国体(英語で言えばコンスティチューション)とシナの国体との差を明快に指摘しているのだ。

「日ノ出ズル處 日ノ没スル處… ★(エイ)ハ顛レ劉は蹶(ツマズ)キ日ヲ趁(オ)ウテ没ス 東海ノ一輪ハ旧ニ依ツテ出ズ」

シナの歴史の最初の帝国の秦(★氏)も滅びたし漢帝国(劉氏)も滅びた。つまりシナ大陸では大帝国ができても次から次へと滅んでいるが、東海の日本では、太古から同じ日輪(皇室)が出ているというわけで、日本文明がシナ文明と異質であることをわずか数行の詩の中に端的に示しているのである。

一方最後の第66◆はあまり有名でないが、「封册(ホウサク)ヲ裂(サ)ク」である。これは豊臣秀吉が、明の神宗(名は翊釣(ヨクキン))から文禄の役の講和修約として受け取った文書の中に、「爾(ナンジ)を封ジテ日本国王ト為ス」という文言があったので、大いに怒り、明の使者の前で引き裂いたという話を題材にしたのである。

「史官(僧承兌(じょうたい))読ミテ日本王ニ到ルヤ 相公(秀吉)怒リテ明ノ册書(サクショ)を裂ク… 朱家(明朝)ノ小児(朱翊釣)敢(アエ)テ余(ワレ)ニ爵(シャク)センヤ 吾國ニ王(皇室)アリ誰カ覬覦(キユ)センヤ… 地上に阿釣(明の神宗朱翊釣)ト相見ザルモ 地下ニ空(ムナ)シク唾(ダ)ス恭献(足利義満)ノ面(ツラ)」

もっともこの時の明の封册を書いた文書は今は国宝として残っているというから「裂封册」は史実ではないが、秀吉が怒って明使を追い返したことは確かである。

≪現代の日本政府の無定見≫

ここで重要なのは、日本はシナの朝廷から封册書、つまり王侯に封ずるという辞令を受ける関係でないことを、秀吉が怒りを以て表明していることである。日本は朝鮮など、シナ周辺の国とは違って、「日本」という観念ができてから、常にシナ大陸の帝国とは対等だったことを秀吉は知っていたのだ。ただ足利義満は貿易の利を求めて明から册封を受け恭献王という諡(おくりな)をもらった。しかし義満は天皇ではなかった。頼山陽はその義満を秀吉とくらべて非難しているのだ。

ところで宮沢内閣の時、天皇陛下の中国ご訪問を実現させた。これは中国から見ると周辺国の君主の朝貢である。朝貢という言葉を知らない世代のためにあえて品の悪い言葉を使わせてもらえば、サルやカバにおけるマウンティングの儀式である。蒋介石も周恩来も毛沢東も日本を敵視しても軽蔑しなかった。天皇陛下訪中以後、急に江沢民も温家宝日本に対し傲慢になった。日本政府が聖徳太子や秀吉の気概も知識も持たなかったからである。私は小学校のころに聖徳太子と秀吉のシナに対する態度を学校で教えられたというのに。(わたなべ しょういち)

◆=門がまえに揆のつくり

★=瀛のつくり
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2007年07月11日

英語で対外発信せよ 〜英字紙が伝える「ひどい国日本」の誤解を解け〜

<平成19年7月6日 産経新聞>

【やばいぞ日本】序章 没落が始まった(4)「誤ったイメージ払拭したい」

「日本国内で何が起きているのか」。ワシントンのシンクタンク「ヘンリー・スティムソンセンター」研究員の辰巳由紀さん(36)に昨年9月上旬、こんな電話をかけてきたのは、米下院国際関係委員会のヘンリー・ハイド委員長(共和党)の補佐官、デニス・ハルビン氏だった。

少し前の8月15日、小泉純一郎首相(当時)は靖国神社を参拝した。米の主要メディアの多くは首相参拝を非難した。日本にナショナリズムが高揚しているなどの報道も展開された。

フィリピン戦線の従軍経験をもつハイド委員長から実務面などを任されているハルビン氏は、「日本と隣国との関係」をテーマに公聴会を開催すると告げ、「ナショナリズムの台頭などを日本人として証言してほしい」と要請した。

辰巳さんは「光栄なこと」と答えた。5カ月前、拉致被害者の横田めぐみさんの母、早紀江さんが同委で証言したが、日本の政策を日本人が証言することは極めてまれだ。辰巳さんはそれだけに日本に対する誤ったイメージをなんとしても払拭(ふっしょく)したいと思った。

辰巳さんが違和感を覚えたのは、1930年代の軍国主義への復帰を求める過激な右翼勢力が日本の主流になりつつあるとした8月27日付ワシントン・ポスト紙の「日本の思想警察の台頭」であり、日本の言論に非寛容な政治的雰囲気が出ていると分析した「パシフィック・フォーラムCSIS」発行の8月24日付ニュースレター「心配な一連の出来事」だった。

「これでは日本が過激なナショナリズムに染まりつつあると誤解してしまう。日本の状況を正確に伝えなくては…」。東京生まれ、国際基督教大学からジョンズ・ホプキンス大学大学院で安全保障を学び、日本大使館で専門調査員を務めたこともある辰巳さんは、訴えたいことを許された5分間の陳述で表現できるよう幾度も練習を重ねた。

9月14日の公聴会。ハイド委員長は「靖国神社は戦争犯罪者をたたえている」と語り、トム・ラントス議員(民主党)も「ナチスのヒムラー(親衛隊長)たちの墓に花輪を置くに等しい」と非難した。

マイケルグリーン(前国家安全保障会議アジア上級部長)、カート・キャンベル(元国防次官補代理)、女性活動家のミンディ・コトラーの3氏に続き、最後に登場した辰巳さんは、首相参拝の意義をこう語り始めた。

「第二次大戦で命を失った兵士たちに敬意を示し、平和への誓いを新たにしたものです。靖国参拝は、日本が自らの過去と向き合って内省するという日本の健全な発展を意味しています」。続いて、ナショナリズムに触れ、「ほとんどの日本人は軍事的な過去を賛美する考えを支持していません。日本のナショナリズムとは、多くの日本国民が日本という国を誇りに思いたい気持ちのことです。米国の愛国主義(パトリオティズム)に近いのです」と述べた。

出席した議員51人のうち、8人が質問に立った。「日本は平和憲法を変えて戦争をできるようにしているとの懸念をきいた」とのバーバラ・リー議員(民主党)の質問に対し、辰巳さんは「日本人の間で侵略戦争をしないという合意は存在する。現在の憲法解釈では自衛隊が国連平和維持活動中に米軍や中国軍とともに参加した場合、彼らが攻撃されても、助けられない。日本の議論は、自衛隊が他国軍を支援できるようにしようというものです」と答えた。

ラントス議員は「われわれすべては大いに学んだ」と総括した。ハルビン氏も「とてもよかった」と握手を求めた。辰巳さんは自分の言葉で日本の実像を伝える努力はできたと思いながらも、日本の基本的な立場がどの程度、唯一の同盟国に理解してもらえたのか、不安を拭(ぬぐ)いきれなかった。


・英字紙が伝える「ひどい国」

「日本人が考えていることの1割も外国に伝わっていない。英語で発信されたものだけで米国の政策は決まる」

今年3月、都内で開かれたシンポジウムで、ワシントンのCSIS(戦略国際問題研究所)客員研究員の渡部恒雄氏(46)は、日本の対外発信力がいかに貧弱かを力説し、東南アジアのある公使の発言を以下のように紹介した。

「英字紙を読むと日本はなんとひどい国と思うが、本当はそうではない。英語で語られる日本と現実の日本はなぜ、こうも違うのか」

日本をなにか不気味な国というイメージでとらえがちな英字メディア、そして、それを国内で発信している勢力がいることも「ゆがんだ日本」像を膨らませる。憲法改正や集団的自衛権の行使により、日本が軍国主義に突き進もうとしているとの見方は、その一例だ。

だが実態は、辰巳さんが語ったように、日本は国際常識が通用する当たり前の国になろうとしているだけなのである。

問題は、このことを日本政府がこれまでいかに語ってきたか。外国にどう発信してきたのかだ。

安倍晋三首相は昨年9月の就任後、憲法改正を明言し、集団的自衛権行使を研究すると表明したが、改憲を明言した首相は戦後初めてだ。

「日本の平和主義を薄めようとしている」(昨年9月25日付ワシントン・ポスト)などの批判が出ているが、裏返せば、それだけ顔が見えているといえる。

それまでの日本の指導者は、国の針路をあまり語ろうとしなかった。語るに足る内容もさることながら、米国依存の軽武装経済重視という既定路線をそのまま踏襲してきたからだ。

だが、「沈黙の大国」のままでは国際政治の激流に翻弄(ほんろう)されるだけだ。要は、第2、第3の辰巳さんをいかに出現させるか。

CSISで、ともに働いたこともある辰巳さんと渡部氏は提言(別稿)を連名でまとめ、東京財団で3月に発表した。日本を知ってもらうためには、まず日本人が努力しようということである。(中静敬一郎)



国益情報を効果的に発信するために

(1)英語で日本の政策について書き、話すことができる人材の育成が急務だ。年に1度「国際発信大賞」で、日本からの英字メディアへの効果的な発信に100万円の副賞を与えて推奨すべきだ。

(2)世界に日本のクリアな戦略ゴールを発信することが余計な誤解を解く最善の方法だ。

(3)国際的なメッセージの発信には長期的な戦略性をもち、丁寧に根気強く努力を継続すべきだ。

(4)日本の中でオープンな議論ができ、さまざまな意見が闘わされる環境作りこそが有効な国際発信の大前提である。

(5)在外公館の広報活動を見直し、日本の政策に関する基本的データの整備と人材の配置を図るべきだ。

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2007年07月09日

自業自得 学校の権威を薄めたのは教師自身 〜日教組による日本解体〜

自業自得とはよく言ったものだ。日の丸・君が代に反対し、権力に逆らうことを子供たちに教えてきた教員たちが「弱体化した権威」に苦しめられたいる。理不尽なクレームで教員たちを苦しめるバカ親を生産してきたのは教員たち自身なのである。

<平成19年7月9日 産経新聞>

教師悲鳴「つぶされる」 理不尽な保護者らのクレーム

モンスターにたとえられるほど理不尽な保護者らのクレーム。対応にあたる学校現場の悩みは深刻で、体調を崩す教員も出ているという。文部科学省が本格支援に乗り出す背景には、このままでは教員らが負担に押しつぶされてしまうという、深刻な実情があるようだ。

「今から出てこい」

関東のある中学教師は、受け持ちの生徒の父親から電話で怒鳴られた。時計はすでに午前2時を回っていた。

教師の指導をめぐり、「うちの子だけに厳しすぎるんじゃないか」というのが父親の不満だった。電話では解決できないから、飲食店まで出てこいという。強引な言動に、教師は恐怖心さえ抱いた。

学校現場がもっとも苦慮するのは、こうした強硬な姿勢だ。毎晩深夜に電話をかけたり、校長室で何時間も怒鳴ったりする“怪物”が、全国的に増えているという。

要求の内容にあぜんとさせられることも少なくない。「集合写真の真ん中がなぜうちの子じゃないんだ」「毎朝、(母親の代わりに)子供を起こしてほしい」といった無理難題も。

「不当な要求を突きつける保護者はごく一部にすぎないが、学校に1人でもいれば、その対応に振り回されて本来の業務に支障が出る。現場の校長や教員が抱えるストレスは、一般に考えられているよりはるかに深刻だ」

クレーム問題などを考察する「学校保護者関係研究会」のメンバーで、立川第一中学校東京)の嶋崎政男校長がこう指摘する。学校に押しかけた保護者が始業ベルが鳴っても引き下がらず、教員が授業に行かせてもらえないケースもあるからだ。

文科省の委託で昨年7〜12月に行われた教員勤務実態調査によると、全国の公立小学校教員の75%と中学校教員の71%が、「保護者や地域住民への対応が増えた」と感じていた。「授業の準備時間が足りない」と支障を訴える教員も、小学校で78%、中学校で72%に上った。

何らかのトラブルで保護者から訴えられるかもしれないと考える教員も多く、東京の公立教員の3人に1人が、訴訟の際の弁護士費用などを補償する「訴訟費用保険」に加入しているというデータもある。

かつて学校の先生は、保護者を呼んでしかりつけることはあっても、保護者から怒鳴られることはなかった。文科省幹部は「学校の権威が薄れ、不満をぶつけやすい場所になっている。地域ぐるみの支援が必要だ」と求めている。

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2007年07月08日

傲慢なアジア系反日アメリカ人 〜外堀を埋められた日本〜

<平成19年7月5日 産経新聞>

【やばいぞ日本】序章 没落が始まった(3)「収まらないな慰安婦問題は」

「こちらからみていると、『ヘビの頭を切らないといけないな』と思えてくるんですよ。日本をみていると、ね」。丸顔の男は、そういって冷えた茶を口に含んだ。

慰安婦問題をめぐる日本非難決議が米下院外交委員会で採択される前、今春のことである。

男は、東アジアから移民し、成功を収めた戦前生まれの実業家だ。

「日本が、われわれを極端な方向に押しやっているんですよ」。自宅応接間で、男は顔をしかめ、アロガント(傲慢(ごうまん))、とつぶやいた。日本の政治家は威勢のいいことを言わないと出世できない、歴史教育議連(日本の前途と歴史教育を考える議員の会)の国会議員たちがいい例だ−それが、男の言う「傲慢な日本」の意味らしかった。

「収まりませんよ、慰安婦問題は」と、男は続けた。

アメリカの政治で、ユダヤ人が一番多く政治資金を出す。その次はアジア人。今、カネを出せるアジア人で、日本に反発する人間がどれだけいると思いますか」

「そのアジア人たちが、(ホロコースト=大虐殺の歴史を徹底的に追及した)ユダヤ人の手法を学び、同じことを今度はアジアでやろうと立ち上がった。この問題は絶対に終わらない。今回通過しなくても、またやります。今度は世界的にやります。首相が事実を認め、申し訳なかったと、国会で明確に謝罪するまでやります」

広大な敷地のかなたから風が吹いてきて、森のような庭園の木々を揺らした。南に大きく開いた窓から、米西海岸の陽光が差し込んでいる。

男はぽつりと言った。

「あした、ここにマイク・ホンダ(米下院議員)が来ます」



10年ごとに行われる米国勢調査の結果によると、1990年からの10年で、アジア系米国人の人口は倍増に迫る勢いを示した。グローバル化の進展の中で、今や米国への移民は1世のうちに成功をつかむことが可能になっている。中国やインドの爆発的な経済成長がそれを後押ししている。

その結果、米社会に同化した2世、3世になってようやく豊かさを得るというこれまでのパターンではなく、移民社会が本国とのつながりを強く残したまま膨張を続けるという新しい現象がみられるようになった。

慰安婦問題で日本政府非難決議を主導したホンダ議員と親しいという丸顔男もそれにあてはまる。だが、日本はこの変化と攻勢になすすべもないのだ。


・日本の外堀が埋められた

慰安婦問題の日本非難が沸点に達しようかとしていた3月末。在米の日本人有力者が集まってワシントンの日本大使館である会合が開かれた。

「日系米国人と、米国と戦争をした日本との間には相当の距離があり、日本の応援団的な役割を日系人に求めるのは無理だと考えていた」

こう切り出した加藤良三大使は「しかし、ダニエル・イノウエ上院議員(ハワイ州選出)は日系人の相当部分との協力を考えるべきだと述べている。このような可能性が現実感をもって語られるようになっている現在、日系人が(米国人としての)公正な立場からホンダ議員はおかしいと言ってくれるようになればありがたい」と述べた。

味方がどこにも見あたらない現状で、日系人との連携の模索は、選択肢としてはあり得る。日系人に、父祖の国への理屈抜きの親近感が存在するのも事実だ。

だが、取材を重ねると、日本と日系人との距離が狭まりつつあるどころか、むしろ、広がりつつあるのではないか、と思わされる現象の方が目についた。それは、日系人が自らを日系ではなくアジア系と規定するという現象である。

「日系3、4世で、とりわけ政治に進もうという層はそうだ」

カリフォルニア州司法副長官で、将来政治家を目指しているアルバート・ムラツチ氏は、自らを例えに引いてこう話す。同氏が地元の教育委員選に出馬した際の選挙事務所幹部は、中国系と韓国系で占められていた。そうでないと、選挙に勝てないのである。

ムラツチ氏は今年、日本政府による日系人若手指導者を対象とした招聘(しょうへい)プログラムで日本を訪れた。謝意を表しつつ、ムラツチ氏は「日系人が『日本』より『アジア』にアイデンティティーの軸を移しつつあるという事実は、日本ではあまり理解されていないかもしれない」と述べる。

アジア系台頭の中、ほとんど人口が増えていない日系の当然の選択なのかもしれない。だが、アジア系とは実態を伴っているのだろうか。主権国家による国益をめぐるせめぎ合いが国際政治の現実である。その文脈ではアジア系とは日本を封じ込めようとする枠組みになりえる。

問題は、アメリカという世界の最大の政治舞台で進む「アジア系の勃興(ぼつこう)」という名の日本外しに対し、日本が実質的に何の手も打てていないことである。

丸顔の男に戻ろう。ホンダ議員について、男は「単純な男です。(慰安婦問題の追及を)私がやめろといえば、やめるでしょう」という。本当に動かしているのがだれだか分からないのか、とでもいいたげだった。

男は東アジア出身だが、「アジア系」という言葉を使う。そこには東南アジア、さらにはインドなど南アジアにまで連帯を広げたいという意図が明確にうかがえる。そこで、「傲慢(ごうまん)な日本への嫌悪」が、接着剤として使われるとすれば…。

「カネはある」と男はいう。「今、アジア系はカネを持っている。100万ドルや200万ドル、ぽんと出せるアジア人がいくらでもいる」

男は、駐米中国大使を知っているともいう。しかし同時に、チベットの精神的指導者ダライ・ラマとも親しいらしい。

ひとしきり、アジア各国の有力者との交遊に話が及んだ。そして、ふと思いついたように、「ところで、日本の諜報(ちょうほう)部隊はなにをしているんだ。ここには、来たことがないな」。

男は冷ややかに言いはなった。(松尾理也)




■日本の前途と歴史教育を考える議員の会 安倍晋三首相、中川昭一政調会長らが平成9年に設立した自民党の議員連盟で、歴史教科書の自虐的記述の正常化や慰安婦問題などに取り組んでいる。会長は中山成彬元文科相、会員は約100人。
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国民の安全を守れない国 〜主権侵害に沈黙する日本〜

<平成19年7月4日 産経新聞>

【やばいぞ日本】序章 没落が始まった(2)「鈍さが工作員を取り逃がした」

辛光洙(シンガンス)。78歳。北朝鮮の工作員として複数の日本人拉致事件を首謀した容疑で国際手配されている。現在、北朝鮮に在住し、記念切手にも登場する“国家英雄”だ。

金正日総書記から直接指示を受けた実行犯の彼は、拉致のカギを握るキーパーソンだ。この男を、日本は二度取り押さえるチャンスがあった。

「辛はあれだけしゃべっている。なぜ捜査を前に進めようとしない」。 1985年夏、ある警察関係者に韓国の捜査官から、いらだった声で国際電話が入った。 

その半年前に韓国の国家安全企画部(現・国家情報院)が辛をスパイ容疑で逮捕した。辛は韓国捜査当局の調べに対し、80年6月、大阪府在住の中華料理店員、原敕晁(ただあき)さん(43)を宮崎県の青島海岸に連れ出して工作船で拉致し、同人名義の日本旅券を不正に取得の上、対韓工作を行ったことを詳細に供述した。

韓国側はこのとき、日本側による辛の取り調べを認めると打診してきた。ソウル五輪を控え、ぎくしゃくした関係を改善したいというシグナルでもあった。

まもなく警察庁の捜査員約10人がソウルに飛んだ。10日間の滞在中、韓国当局の立ち会いの下、辛を直接取り調べた。ただ辛は拉致の容疑を日本の捜査員に認めようとはしなかった。韓国の捜査官には、原さんを拉致するため、中華料理店経営者である在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)大阪商工会理事長などにいかに近づき、抱きこんだか、を実名で生々しく供述していたのにである。

韓国側は段ボール箱いっぱいの捜査資料を提供した。帰国した捜査員は一定の手応えを感じていた。事件としての立件は無論、辛に協力した総連のネットワークも追及できるからである。

ところが、しばらくして、奇妙な展開になった。警察と検察が協議した結果、立件を見送ったのである。検察側は韓国側の調書について「証拠価値は低い」「この調書を証拠にすることは日本の刑事訴訟法にはなじまない」と主張したとされる。逮捕状が出なければ、身柄の引き渡し要求はできない。しかも当時、日韓間に犯罪者引き渡し条約はなかった。起訴できないとの結論の前に警察庁幹部は首をうなだれるしかなかった。

当時、朝鮮総連などの動向を監視していた公安調査庁調査第二部長は、先月28日逮捕された緒方重威元長官であった。

そんなころ、かかってきたソウルからの電話に警察関係者は返答に窮し「すまない」の一言を伝えるのが精いっぱいだった。その関係者は今、こう唇をかみしめる。

「日本の警察、検察幹部は拉致問題への感覚が鈍かった。自制して後ろ向きになっていた。政治が動かないことにわれわれは安住していた」

役人のことなかれ主義を象徴するかのように、段ボール箱は役所のどこかに22年間放置されたままである。

国民の安全守れぬ国家

もうひとつのチャンスは、死刑判決を受けた辛が14年後の99年の大みそかに釈放されたときだった。北への「太陽政策」を表明した金大中大統領は、「ミレニアム特赦」後、2000年9月、辛ら非転向の長期囚63人を北朝鮮に送り返した。

辛の送還に対し、横田滋さん、早紀江さん夫妻らは政府に「北への送還反対」を申し入れたが、森喜朗政権の腰は重かった。日本政府はそのころ、北への50万トンコメ支援を行うことを決め、河野洋平外相は「私の責任をもって行う」と大見えを切った。このコメ支援の国費1100億円がなんの成果を生まなかったのはご存じの通りだ。

総連への捜査にも圧力が加えられていた。90年5月には警視庁が摘発した朝鮮総連元幹部らによる外国人登録法違反事件について故金丸信元自民党副総裁が「日朝関係に悪影響が出る」と警察庁幹部に捜査を拡大しないよう求めたとされる。

金丸氏が、社会党の田辺誠副委員長(当時)らと訪朝して、「謝罪」と「戦後の償い」を表明したのはそれからしばらくしてからだった。

辛ら19人の「政治犯」釈放を韓国大統領に求めた嘆願書に当時の国会議員128人が署名したのもそのころだった。ほとんどは土井たか子委員長ら当時の社会党議員だったが、菅直人、江田五月、千葉景子、山下八洲夫(以上民主党)、渕上貞雄(社民党)の現職議員の名前もあった。

嘆願書は「過去の政治的環境の中で『政治犯』となった人びとばかり」と訴えていた。それが、現実といかに乖離(かいり)していたかは、韓国国家安全企画部が発表した辛の次の供述が物語る。

《金正日の3号庁舎執務室で金正日から「日本人を拉致し、北に連れてきて日本人の身元事項を完全に自分のものにして、日本人として完全変身したあと、在日対南工作任務を継続して遂行しなさい」という指示を受けた》。

国会で辛光洙事件への警察当局の対応を問題にしたのは、それから10年近くたった97年5月の衆院外務委員会での安倍晋三氏の質問だった。

「韓国の裁判の記録に厳然たる事実があるのに、私は日本の警察はどうしているんだ、強い憤りと疑問を感じる」「辛への取り調べを行いたいという意思を伝えてもらいたい」。

警察庁の米村敏朗外事課長は答弁で、公開捜査などの問題があり、日本国内関係者への強制捜査の実施には至っていないと説明した。結局、公安当局はその後、韓国側に辛への事情聴取を求めたが、今度は韓国側が受け入れようとしなかった。

総連本部へメスが初めて入ったのは01年11月、小泉政権下であった。旧竹下派が影響力をもっていた政権では手を付けることはできなかった。 

11月15日には横田めぐみさんが新潟市から拉致されて30年を迎える。 

「辛さえ北朝鮮にとり逃すようなことさえなかったら、拉致事件はもっと解決に進んでいたはずです」

横田さん夫妻が吐露する怒りと無念さだ。主権が侵害され、国民の平和と安全が蹂躙(じゅうりん)されたという重大な事実を知っていながら、官僚と政治家はなぜ、動こうとしなかったのか。日本人が拉致されたという現実を信じられなかったと弁明する人もいる。国民を守るという国家の最大の責務が顧みられなかったことに日本の国としての弱点が表れている。(高木健一)
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2007年07月07日

亡国のゆとり教育 〜没落する日本〜

<平成19年7月3日 産経新聞>

【やばいぞ日本】序章 没落が始まった(1)「ダイナミズム失う」

米国で博士号(自然科学系)を取得したアジア人留学生数は、日本はわずか200人前後で低迷し、中国は逆に日本の10倍以上の2500人レベルを維持している。中国にかなり離されて韓国、インド、台湾が続き、日本は5位に甘んじている。

この数字がすべてではないが、日本人留学生の低迷や劣化を示す指標として霞が関の官庁街でささやかれている。それどころか、欧米の有名大学院に派遣された各省の若手エリート官僚の中に、以前にはなかった悲惨な落ちこぼれ現象が起きているという。経済学や論理学の授業についていけずに単位を落とすケースが増えつつある。

東大法学部卒のある若手官僚は、優秀な人材として出身省でも将来を嘱望されていた。彼は欧州の大学に研修留学して現地語はみるみる力をつけた。

ところが、数学力不足から経済理論がこなせず、論理学は古代ギリシャ哲学など基礎を学ばないから論理的に崩れのない文章が書けない。1年後に担当教授から呼び出され、学業不振で退学処分になってしまった。

日本の大学入試は、記憶力にたけた学生に有利にできている。「ゆとり教育」が行き渡って受験科目を絞る大学が多いから、数学を受験しなくても法学部や経済学部に入ることができる。国際的にはこれが通用しない。

欧米の経済学は株価の変動など金融を中心に新しい理論が次々に導入されている。三角関数やフーリエ変換など日本の文系には縁遠い計算式が解けないと歯が立たない。肝心の日本のエリートにして惨憺(さんたん)たるありさまなのだ。

一方、中国は経済成長のスピードが速く、血眼になって金もうけに走るから吸収しようとする意気込みが違う。野村資本市場研究所の関志雄主任研究員は、「10年後に中国の学生がマルクス経済学を勉強しようと思ったら、日本の大学にいくしかない」と大まじめでいう。

“現役”の社会主義国にあっても、元祖マルクスはとうに死んでしまったのだ。いつまでもマルクスとその親戚(しんせき)筋の容共リベラルに縛られるような国は、ジワジワと社会の劣化が進む。いま、「日本の没落」を食い止めないと、日本の未来は描けなくなる。

米国でかつて日本が「ジャパン・アズ・ナンバーワン」ともてはやされていた1990年前後に、ただ1人、「やがて日本は自滅する」と予測した人物がいた。フィリップ・トレザイス元国務次官補である。

彼は「日本は敵か」という論文で、はやりの「日本脅威論」を否定しながら、30年後の日本を見通した。65歳以上の老齢人口が4分の1に達して、「経済のダイナミズムが失われる」と衰退を予言した。

実際にいま、日本は人口減少によって学生が減り、労働力が枯渇しつつある。この日本衰退という「内なる敵」をどう克服するか。

危機をバネに反転を

すでに、東京工大はじめ理工系大学には留学生の約7割が中国系に占められている。しかも、日本政府の奨学金で最新の科学技術を学びにきているのだから、わが日本はなんとお人よしであることか。

トレザイス氏がいまの「日本の没落」を見たら、何というだろうか。本紙ワシントン支局に探してもらうと、自説の正しさを見ないまま6年前に死去していた。

この当時、エール大学のポール・ケネディ教授は大著『大国の興亡』で、米国の衰退を豊富な資料で立証しようとした。本の表紙には、主役たちの後退を印象的な風刺画を使った。

英国紳士がユニオンジャックを手に地球のてっぺんからずり落ち、星条旗を持つアンクルサムも浮かぬ顔で退場していく。代わりに地球の上部に足を引っかけたのは日章旗を担いだ日本人ビジネスマンだ。

あれから20年が過ぎた。ケネディ教授が『興亡』の続編を出版するとしたら、トレザイスの予言にしたがって、大国の浮き沈みを変更せざるを得ないだろう。表紙も、日章旗に代わって五星紅旗を振りかざす中国の“昇り竜”が地球上部に足を引っかける。

証券大手のゴールドマンサックスが試算では、中国が10年もすると国内総生産(GDP)で日本を追い越し、2040年を過ぎると水色の米国を軽く抜く。そのころには“昇り竜”の姿は日本の遙か彼方(かなた)に飛び去り、後ろ姿も見えない。

いや、「中国経済は見かけ倒しで、必ずしも右肩上がりにはならない」との気休めのような説はある。だがその間にも、カネの積み増しで軍事力も巨大化する。すでに中国は資金力にモノをいわせて最新鋭兵器を買いまくり、買えないものは技術を盗み出して国産化する。

しかし、米国は国家の危機を感じたときにこそ、力を結集して反転させてきた国だ。現職のブッシュ大統領はいま、科学分野で追い上げる中国とインドを「新たな競争相手」と位置づけている。

年頭の一般教書演説で大統領は、この分野で優位を狙う「競争力構想」を打ち出し、基礎研究の拡充や理数科教師の7万人採用を表明した。軍事機密の分野では、外国人研究者に頼らないよう人材を育成する。

日本は経済力が伸び悩み、軍事力は貧弱であり、教育の低迷によって、相対的な没落ぶりは明らかだ。とても、与野党が足の引っ張り合いをしている余裕などありはしない。(湯浅博)



いま、日本の没落が始まっている。経済は好調なのに、ジワジワと迫り来る長期的な不安がぬぐえない。人口減少に歯止めがかからず、エネルギーの獲得競争に相次いで敗れ、日本が誇った技術力にもかげりが見える。教育の劣化やモラルの崩壊は目を覆うばかりだ。日本文明の没落までささやかれ始めたいま、その現実とそこからの脱出を探る。
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歴史を捻じ曲げる小沢一郎民主党党首

(2007/07/07 00:43 sankei web)

ドレスデン爆撃「米が謝罪」小沢氏発言は誤り? 与党ら反発

1日に行われた安倍晋三首相と小沢一郎民主党との党首討論会で、小沢氏が「米国は(第2次世界大戦の)ドレスデン無差別爆撃について謝罪している」と指摘し、原爆投下について米国に謝罪を求めない日本政府の姿勢を追及したが、この問題で政府・与党側が事実関係が間違っているとして強く反発している。

「(小沢発言は)事実に反する。ドイツは米英に謝罪を求めていないし、米英はドイツに謝罪していない。小沢氏は歴史をねじ曲げ、政局に利用しようとした」

自民党の中川秀直幹事長は5日、記者団にこう語り、小沢氏に党首討論などの公式の場での釈明や謝罪を求めた。塩崎恭久官房長官も会見で「事実でないことを言ったのは政治的発言だから、政治的責任が問われる」と指摘した。

1日の党首討論会で、小沢氏は米国はドイツに謝罪していると2度にわたって強調し、安倍首相に対し「謝罪を求めるという考えで、米国といろんな機会に話をすべきだ」と迫った。ただ、米国がいつどのように謝罪したかに関しては言及しなかった。

ドレスデン爆撃では市民ら約3万5000人が犠牲になったが、外務省は「米国はドイツに公式謝罪などしていない」(中・東欧課)としており、小沢氏の話に根拠はないとの認識だ。

また、現代史家の秦郁彦氏は「1945年2月に英米軍が行ったドレスデン爆撃では、罪の重さは英国8対米国2ぐらいで英国が主役。米国では責任論議はなかったはずで、謝罪までするはずがない」と解説する。

これに対し、民主党は「戦後50年、55年、60年と、米英軍も参加して、和解の意味を込めて犠牲者追悼の式典が開かれた。正式に政府が謝罪したということではないが、互いに忖度(そんたく)した和解をしたということだ」(党幹部)と説明し、根拠がないとの批判に反論している。


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